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【能登人を訪ねて】♯83 遺族代表挨拶に込めた思い~輪島市町野町・中山真さん~

2026年最初の能登人は、輪島市町野町の男性です。最愛の姉を亡くしながら前を向いて歩いてきた男性の年末年始を取材しました。

稲垣真一アナウンサー:
「2026年元日、こちらでは能登半島地震と奥能登豪雨の犠牲者追悼式が行われています。きょう遺族代表の言葉を述べるのは、『能登人を訪ねて』で取材を続けてきた男性です。彼が言葉に込めた思いとは」

2025年12月26日まちのラジオにて。

稲垣:
「お久しぶりです!」
中山真さん:
「こんにちは、ご無沙汰しています。」

中山真さん、29歳。去年7月に開局した輪島市町野町の臨時災害放送局「まちのラジオ」でパーソナリティーを務めています。

中山さんは、2024年9月の奥能登豪雨で姉の美紀さんを亡くしました。

去年5月、「見つからなかった1カ月間はお参りしていたんですけど、終わったら止めちゃいました。葬式が終わったら止めちゃったんですよ。頑張って俺が生きていくしかないなって思って…それでケリをつけて、お参りするの止めようと思って…」と話していた、中山さん。

姉の分まで、精一杯生きる。中山さんは、憧れていた「自分の声を生かせる職業」としてまちのラジオのスタッフに志願。去年9月の奥能登豪雨から1年の特別番組では、姉への思いを語りました。

中山真さん:
「僕の姉、美紀へ。今日9月21日で奥能登豪雨から1年が経ちました。そして僕の姉の命日です。僕が落ち込んだ時に寄り添ってくれて背中を押してくれたこと…本当に、本当に、31年間一緒にいてくれてありがとう。空の上から見守っとってね、宜しく。」

稲垣アナ:
「色んな事があった1年でしたけど…」
中山さん:
「色んな事がありましたね…僕にとっては色々な人にたくさん出会った1年だったと思います。」
稲垣アナ:
「今度1月1日の慰霊式で挨拶をされるという話を聞きました。」
中山さん:
「そうですね…最初に思ったのはやっぱりビックリしたんです。『え、俺なの?』って思っちゃったんですけど、でも…この体験は(今回しか)絶対にできないなと思って。」
稲垣アナ:
「あいさつの文言は…?」
中山さん:
「あります」
稲垣アナ:
「どういったことを中心に伝えようと…」
中山さん:
「自分の命は自分で守りましょうという思いを強く伝えたいんですよ。姉を亡くしたわけですから、自分の命は自分で守らなきゃいけないんだって本当に強く思わされたんで…そういう思いをぜひとも皆さんに伝えたいです。」
稲垣アナ:
「きょうもバッグを持っているんですね。」
中山さん:
「僕はこのカバンの中に、『姉の魂』が残っていると思っているわけです。ずっと手放さずに持ち歩きます。」

姉の美紀さんが愛用していた形見のバッグ。中山さんは、どんな時も持ち歩いてきました。

大晦日の夜、夕食を共にした時も…

中山さん:
「葬式が終わってからずっと持ち歩いていましたからね。本当に外していなかったですから、肌身離さず、ずっと持っていましたからどこか出かける時も…もちろんまちのラジオに行くときもこのカバン(と一緒)でしたからね…やっぱり絆は切れないです。」
稲垣アナ:
「もちろん、明日も持って行く。」
中山さん:
「もちろんですよ、明日も。そのために持って行きます。」

2026年元日 犠牲者追悼式

追悼式には能登半島地震と奥能登豪雨の遺族など337人が参加しました。岸田元総理の追悼挨拶の後、中山さんが遺族代表挨拶に立ちました。

中山さん:
「地震の約9か月後、奥能登豪雨が私たちを襲いました。いつも笑顔で、避難所でも周りを明るく励ます『太陽』のような存在だった姉。その別れは、私たち家族から光を奪い去り、私たちは深い悲しみと絶望に打ちひしがれました。そしてあの時「危ないから一緒に避難しよう」と伝えることができていればという後悔に何度も押しつぶされました。」

絶望の日々からまちのラジオへの参加。仲間に見守られ、支えられながら歩んできた再生の道のり。中山さんは静かに、しかし力強く思いを語りました。

中山さん:
「今後もラジオを通して、私と同じく、今回の震災や豪雨で大切な人を亡くした悲しみを抱える方に『あなたと一緒に乗り越えます』と寄り添いたい。『姉も空の上から聞いてくれている』と信じ、これからもラジオを続けていくことが、姉への弔いであり、地域の皆さんへの恩返しであると考えています。」

追悼式終了後…

稲垣アナ:
「しっかりと伝えられましたか?」
中山さん:
「はい、ちゃんと伝えることができました。」
稲垣アナ:
「左手に持っているカバンですがどこに置いていたんですか。」
中山さん:
「椅子の下に置いていました。」
稲垣アナ:
「お姉さんと一緒だったんですね。」
中山さん:
「そうですね、一緒でした。カバンを持って…追悼(の挨拶)を話す時も近くにいる感じがして、良かったです、緊張しなかったです。」
稲垣アナ:
「一つ節目が終わって、またこれから一年が始まると思いますけど…」
中山さん:
「風化をさせないように…地震や豪雨の情報を風化をさせないために自分が動くしかないのかなと思っています。」
稲垣アナ:
「それを伝え続けるという事ですね。」
中山さん:
「そうです、それを伝え続けたいです。」

これからもお姉さんが生きたかった今日を生きる。中山さんの新たな一年が始まりました。

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