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地震と豪雨の二重被災に遭った珠洲市大谷町は今…離れる人残る人それぞれの思い

2024年12月2日。珠洲市大谷町では奥能登豪雨の影響で完成が遅れていた仮設住宅への入居が始まりました。

住民:
「8月から我慢我慢我慢我慢だったから。やっとたどり着いたかなって感じです」

地震の発生から11カ月でようやく手に入れた仮設の「我が家」です。

大谷地区は元日の地震で大規模な土砂崩れが発生し、道路が寸断。店も病院もない場所に住民たちは取り残されました。

1月28日に馳知事が視察した時には…

川端孝避難所本部長:
「電気はまだ来ていない。この校舎だけは発電車でずっと。」
馳知事:
「言っていただいて順次要望にお応えしていきますので。ありがとうございました」
当時の校長:
「お願いがあります。本当にいい地域です。保護者も地域も子どもたちも本当にいいです。私はこの学校に誇りを感じていますが、今のままだと子どもたちも保護者もここに住めないんです。」
馳知事:
「いつでも帰ってこれるようにするのが私の仕事ですから。」

しかし…5月になっても通学路にはみ出たままのがれき。地区唯一のスーパーは廃業。断水の解消も仮設住宅の建設も一向に進まず、子育て世帯の多くは地区の外へと出ました。

農業を営んでいた後谷真弘(うしろやまさひろ)さんもその1人です。自宅を失い、11日間に及ぶ孤立生活で子どもが体調を崩したこともあって金沢への移住を決断しました。

後谷さん:
「大谷にいようかなという思いは最初から持っていたけど、3月になっても仮設住宅ができなくて、子どもが受験生なので先のことを考えたら金沢に行くしかないということでこっちを借りたというのが一番ですね。」

珠洲市が去年夏に行った意識調査では市の外に避難した65世帯のうち、大谷地区に戻りたいと答えたのはおよそ半数にとどまりました。市は子育て世帯を呼び戻すため自宅再建の費用を最大300万円、助成する制度を作りましたが…

後谷真弘さん:
「それくらい貰ってもって話なんですよね、それくらいで家建つわけもないし。」
Q 大谷に戻る選択肢は考えていない?
「もうないですね。子どもが高校行ってこっちの学校行ってしまったら、もう戻れないですよね。」

避難した人たちになぜ珠洲に戻ってこないのか聞くと、「再び地震や津波が起きることが心配」「町の将来性が期待できない」「買い物や生活に不便」などの理由があがりました。

大谷小中学校に残った児童生徒は3世帯5人。そのうちの1世帯が村上家です。

村上ゆりさん:
「いつもここで食べて隣で寝てて、ここが子ども部屋で」

2年前にカナダから移住しましたが自宅は大きく傾き、住むことが出来なくなりました。

村上アメティスさん:
「私たちの年賀状の写真をここで…」
「はい、チーズ」

村上ゆりさん:
「最初はどうしようと思った。家がなくなったからこれからどうするんだろうというのがあったけど、離れれば離れるほどあそこに戻りたいというのがあって。」

村上さんは実家がある神奈川県に一旦避難した後、家族で大谷へ戻りました。同じ集落で空き家になっていた家を借り直しながら暮らしています。

アメティスさん:
「学校に戻りたかったというより、東京の学校に行きたくなかった」
ゆりさん:
「あの時は戻りたい戻りたいって言ってたよ。」

子どもたちの遊び場の1つが学校の避難所。自宅を失った人たちが一時帰宅するときの宿泊所でもあり、この1年の間に誰もが集う場所になっていました。

川端さん:
「こんな時期でもアジサイあるがか?」
女性:
「咲きたいの。終わっても終わっても咲きたいの。」
川端さん:
「人間の人生と一緒やね。終わっても終わっても咲き続けにゃあ。」

その避難所も、年内の閉鎖が決まりました。

この日行われたのは、外浦の未来をつくる会の会議。

「学校(避難所)来週、再来週くらいから終わりになるんですよね?」
「意味もなく人と顔を合わせる場所がなくなってしまう。」

村上さんは今、仲間とともに避難所に変わるコミュニティの拠点を作ろうと考えています。買い物や宿泊ができてふるさとを離れた人たちがいつでも戻ってこられる場所です。

村上ゆりさん:
「住民や知り合いが帰ってきてここ泊まれるよっていうことであれば、やっぱり戻ってきたり関係人口が増えてくるんじゃないかな。」
別のメンバー:
「一番は元居た人が戻ってきてくれることだけどね」
村上:
「もちろんね」

大谷地区 丸山区長会長:
「若い人たちは気持ちが高い。できる時間を見つけてはやってくれるので、そういう方がいるから助かってるね」

アメティスさん:
「地域の方々もみんなで文化祭を楽しみましょう!」

この日は大谷小中学校の文化祭。会場には金沢に移住した後谷さん一家の姿もありました。

太鼓に参加する長女を見て後谷さん:
「顔つきが違うんですよね、ほんと楽しそうで。こんなに楽しいの最近はなかなか見れないので。」

住むことはできなくても…後谷さんは定期的に大谷地区に通い支援物資を届けています。

後谷さん:
「雪で孤立するときがでてくるんですよ。その時に備えてちょっとでも食べ物と水を集めている状況で。そのくらいしかできないので。」

住み続ける人、離れざるを得なかった人…。それぞれの立場でふるさとを想う、珠洲市大谷地区の今です。

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